Time Left

迷える大学4年生のブログ

1020 罪悪感

「生きてて申し訳ない」とか「本当に自分糞野郎だな」とか「自分みたいなやつさっさと死ぬべき」とかいう考えが頭にぎゅうぎゅう詰め込まれて今まで布団の中でボーっとしていた。自分の思いを吐き出したくて、やっとこさパソコンを開いた次第である。

 

私は基本的に人に頼らないようにしている。なぜなら、人に何かしてあげたくないからだ。誰も助けたくないし、自分が助けられるとも思えない。そして、誰からも助けられたくなく、端的に言えば誰にも関わりたくないのである。だから、大抵の問題は自分で解決するか、誰かの手を借りるにしても、それを仕事としている人の手を借りるようにしている。(最近では親から(金銭面などで)助けられていることにも嫌悪感を覚える。早く自立したい。)

 

特に頼りたくないのが、学科の同級生である(同じゼミ生も含む)。全く仲良くないし、仲良くなりたくないし、基本的に私は学科やゼミの中で面倒ごと、まぁ誰かがやってくれるであろうことには一切関与しないので、都合よく頼るのは私の良心に少々反する。

 

だがそれでも、どうしても、どうしても彼らに頼らざるを得ない状況が年に1回ほど出てくる。今回の場合は、現4年生が追われているであろう卒業論文である。私の学科は実験をしてまとめなければならないのだが、その実験に協力者が必要なのだ。そして、必然的に協力者はゼミ生となる。

 

彼らは普段の私の振る舞いを知りながらも協力してくれる。というよりも協力せざるを得ないのである。むろん、きっと私を良く評価してくれていない彼らであるから、悪意を持って実験協力に臨むかもしれないが、その辺は注意している。

 

しかし仮にそのような可能性があるとしても、表向きは善意を示してくれているわけであり、「あぁ、私なんかのために手を煩わせてしまって申しわけない」とこちらも気を遣うのである。だが、その一方で、「もし彼らが協力してくれなくても、下学年の誰かに頼めばいいや」と思ったり、「今年で最後だから相手が不快になろうが図々しく行こう」と思うところがあり、結局私は彼らを捨て駒のようにしか見ていない。

 

私は自分の事しか考えていないのだ。本当に自分の事しか考えていない。自分以外の人間なんてどうでもいいと思っている。だから誰かの役に立つことなんてしない。そのような考えを持つところに、優しさを与えられると非常に苦しいのである。私は何もしない、なにも彼らのために出来ない。なのに手を貸されている。やめてくれ、やめてくれ。「でも必要だろ」と板挟み状態で心がかき乱される。

 

他人が私の駄目な所を私に強烈に意識させる。私が平静でいられる所は他人がいない場所に他ならない。

 

誰もいない何処かで、一人で生きて、一人で死にたい。